①自分が、教えたい事を教える。
②相手が、知りたい事を教える。
この2種類があると思う。
②の場合、どんどん学んで、他の誰かが勉強しなさい!なんて言わなくても、自主的にもどんどん勉強していく。
①はそうはいかないかも。だけれども、①が出来た経緯はとても大切な可能性がある。教えたい人が、教えたい事があるのには、理由があるだろう。例えば、以前、それを間違ってやってしまい、死亡事故等が起きていたり。
そういった経緯があり、知っておくべき事として、教えていかなければならないのであろう。
②に関しては、勿論大切だが、①も、本当に、そういった『教えたい事』が風化しませんように。地震、津波、戦争、車の運転、食中毒(フグ等)、薬物、化学反応を起こすガス等。
そして、そういった①に基づく教えたい事が教科書にもなっているのだろう。
小学生が興味を持つような話術を身につけれるように。年相応の教え方を学べるように。適時教育。教え方の勉強も大切に。
このような事は、頭で覚えてるモノ。昔、友人から言われた言葉や、今でも胸に残っている言葉は、心で覚えてるモノ。心で覚えたモノは、どこにしまってるか忘れるので、中々思い出せないけど、似たような状況になった時に、ふと蘇ってくる。と、島田紳助がそんな感じで言っていた。心で覚える事もまたとても大切。